ひとりでも良い

「ひとりでも 私の 話を聞きに来てくれるだけで嬉しい」

「ひとりでも 来てくれたら それでいい」

「人数ではないのです。本当に話をしたい 聞きたいと思い

来てくださるのが ひとりであろうと ふたりであろうと

私は全くかまいません。お役に立てるのであれば 伺いますよ」

ほんの少し前の頃のこと 何度 この言葉に励まされ 感謝したことだろう。


職業柄 多様なテーマを考え 企画して イベントを開くことが多い。

昔も。。。今も。。。

以前 暮らしていた地域で よく初めてのことを 仲間たちと企画した。

前例のないことに 挑んでいた。

講師を招いて講演会やワークショップ。。。いろいろなことを企画 運営した。

人は 集まってくれるかな。。。。。

みんな興味を 持ってくれるかな。。。。

ひとりしか来なければ どうしよう。。。

いや、ひとりも来なかったら どうする?

仲間たちと あれこれと話しながら 

ドキドキしながら 準備したものだった。


お世話になる講師に 直談判する。

「精一杯 がんばっていますが もしも 人がさほど 集まっていなければ

 本当に 申し訳ありません。

せっかくの機会ですので ぜひ多くの人と一緒にお聞したいと思います。

最後の最後まで 動いてみます」


いつも精一杯 準備に奔走し 正直に話してきた。

決まって 心温かな講師の方は

「大丈夫です。私は ひとりであろうと 伺います。

来てくださる人の数が 問題ではないのです」と 仰ってくださった。


どれほど この言葉に 励まされ 勇気をいただいたことだろう。

切羽詰まった気持ちが すっと 救われた。感謝するばかりだった。


仲間たちとは ある意味 開き直って こう話した。

「私たちが 存分に 楽しみましょうよ!」

前向きに 明るく 楽しもうとする気持ちが根底にあった。

イベントは 決まって 盛況。

小さな成功体験は 「経験」として 豊かな財産になった。

私は 一生 忘れない。


引っ越してきて そんな励まし合う仲間とも 離れてしまった。

職業柄 やることは 以前とほぼ変わらず。

ただ規模が大きくなり、量も半端なく増えた。

いつも「成果」「数」がどうだったかという

「評価」に囚われ 振り回される。

しかし、私の気持ちの芯には

「性急な結果ではなく じわじわと じ~んと 響いていくことをしたい。

結果や成果は 後からついてくるもの。

目の前に来てくれた人が 喜んでくれて あ~ 今日 来て本当に良かった と

思ってくださったならば それが 一番嬉しいこと」と 刻まれている。


最近 緩やかな繋がりのなか 何かが 動き出そうとしている。

あの頃の 気心知れた仲間は もう今は近くにはいない。

でも 縛りのない 心地良い感覚を 共有できる人と 出会い

緩やかに 繋がりが 生まれてきている。

語り合う時間のなかで こう話してくれた。


「ひとりでも 来てくれたら それで 良いじゃないですか。

まずは 思うことを はじめてみて 続けてみましょうよ」


そう ひとりでも 良いのだ。

そんな話しをしたくて 動き始めた私も ひとりだし。。

ひとりでも良い。

シンプルだけど すごい 言葉。

改めて気づく。

その言葉をかけてもらえて とても嬉しい。